営業車に乗るのが怖くなった。
取引先へ行っても、また相手にされないかもしれない。
会社に戻っても相談できる人はいない。
何をすればいいのかも分からない。
23歳か24歳の頃だったと思います。
今までの人生を振り返っても、あの頃が一番苦しかったです。
でも、少し前までの自分は違いました。
「俺は何でもできる」
本気でそう思っていた部分があったんです。
仕事を覚えて自信をつけ、自分ならどこでもやっていけると思っていました。
それなのに、次の会社では何もできなかった。
仕事も、人間関係も、お金も。
いろいろなものが一気に崩れてしまった時期でした。
自分は一人で何でもできると思っていた
前回の記事では、カー用品店からカーバッテリーの営業職へ転職した話を書きました。
カー用品店では約3年間働きました。
最初は車の知識もなく、接客もまともにできなかった自分が、少しずつ仕事を覚えていきました。
商品を説明できるようになり、売場も任せてもらえるようになった。
仕入れや利益についても分かるようになった。
特にバッテリーの販売には自信がありました。
周りからも少しずつ認められるようになって、自分でも仕事ができるようになったと思っていました。
だから同じバッテリーを扱う営業職なら、自分にもできるだろう。
正直、少し舐めていました。
でも営業では、全然うまくいきませんでした。
商品は知っているのに売れない。
新規開拓もできない。
年上の取引先と何を話せばいいのかも分からない。
数字も上がらない。
カー用品店でつけた自信が、どんどんなくなっていきました。
会社でも空気。取引先でも空気。
転職先は6人ほどの小さな会社でした。
自分以外は父親以上に年の離れた人たちばかり。
会社に戻っても、気軽に相談できる人がいませんでした。
取引先でも同じです。
こちらはバッテリーを売りたい。
でも相手は、別に自分と話したいわけではありません。
何を話せばいいのか分からないまま、商品を勧める。
当然、関係なんて作れませんでした。
一度、会社の人と衝突したこともあります。
今思えば、父親に子どもが反抗するような感じだったのかもしれません。
自分にも言いたいことはありました。
でも、うまく伝えられなかった。
かなり厳しい言葉を返され、それからますます会社に居づらくなりました。
会社でも空気。取引先でも空気。
自分の声が、誰にも届いていない。
これが本当にきつかったです。
しかも高校を卒業してから、仲の良かった友人たちとも少しずつ疎遠になっていました。
それぞれ仕事があり、生活も変わっていく。
カー用品店では一緒に働く仲間がいましたが、そのつながりも転職してなくなりました。
気づけば、仕事でも普段の生活でも一人でいることが増えていました。
あの頃の寂しさは、今でも覚えています。
営業車に乗るのが怖くなった
最初は営業がうまくいかないだけでした。
でも、だんだん取引先へ行くこと自体が嫌になっていきました。
また何を話せばいいのか分からない。
また売れない。
また相手にされないかもしれない。
そう考えると、営業車に乗ることさえ怖くなっていました。
精神的にもかなり追い込まれていたと思います。
昔から患っていたアトピー性皮膚炎も、この時期は症状がどんどん広がっていきました。
仕事へ行きたくない。
会社にも居場所がない。
取引先に行くのも怖い。
もう、どうしたらいいのか分かりませんでした。
結局、約3か月で会社を辞めました。
一番きつかったのは、自分の無力さだった
営業ができなかったことも、会社の人とうまくいかなかったこともつらかったです。
でも、一番ショックだったのは、自分の無力さを知ったことでした。
「俺は何でもできる」
そう思っていたのに、実際は何もできなかった。
いや、今なら少し違うと思います。
カー用品店で仕事ができるようになったのは、自分が頑張ったからでもあります。
でも、それだけではありませんでした。
分からないことを教えてくれる先輩がいた。
失敗したら助けてくれる人がいた。
愚痴を言い合える仲間がいた。
自分を認めてくれる人たちがいました。
自分一人で何でもできるようになったと思っていたけれど、周りの人たちにずいぶん助けられていたんです。
それに気づいたのは、周りに誰もいなくなってからでした。
何かあったら誰かに頼ればいい。
そんな甘えもあったと思います。
でも、頼れる人がいなくなった時、自分ではどうすることもできませんでした。
自信満々だった自分が、一気に突き落とされたような気分でした。
貯金ゼロ。仕事を辞めたら収入もなくなった
そして、お金の問題もありました。
当時の貯金は、ほぼゼロ円です。
仕事を辞めた時に、手元には数万円くらいしか残っていなかったと思います。
それまでは給料が入れば使う。
欲しいものを買う。
遊ぶ。
なくなったら次の給料日を待つ。
そんな生活でした。
でも、会社を辞めれば給料は入りません。
何もしなくても生活にはお金がかかります。
毎月当たり前に入ってきた給料がなくなることが、こんなに怖いとは思っていませんでした。
この頃から、お金について少し考えるようになりました。
「お金があれば、無理して働かなくてもいいのにな」
そんなことも考えました。
好きなものを買いたい。
仕事に縛られたくない。
嫌な仕事を続けなくても生活できたらいい。
今の自分が考えている経済的な自由とは、まだ全然違います。
当時はただ、お金さえあればこの苦しさから逃れられるんじゃないか。
そのくらいの考えでした。
もちろん、この時すぐ貯金を始めたわけではありません。
ただ、お金がないことの怖さを初めて感じた時期でした。
3か月くらい、家にいる生活が続いた
退職しても、すぐに次の仕事を探すことはできませんでした。
だいたい3か月くらい、家で過ごしていたと思います。
外に出るのも嫌でした。
仕事を探さなきゃいけないのは分かっています。
でも、また失敗したらどうしよう。
次の会社でも同じようなことになったらどうしよう。
そんなことを考えていました。
周りの人は普通に働いている。
自分だけ何もしていない。
仕事もない。
お金もない。
親にも助けてもらっていました。
あれだけ何でもできると思っていた自分が、生活することすら一人では難しくなっていました。
今思い出しても、あの時期は本当にきつかったです。
自分が嫌になっていました。
毎日一つだけやろうと思って、散歩を始めた
そんな生活を続けているうちに、
「このままじゃダメだ」
と思うようになりました。
でも、いきなり就職活動を始める気力はありませんでした。
そこで、何でもいいから毎日一つだけやってみようと思いました。
始めたのが散歩でした。
夕方くらいに家を出て、家の周りを1時間ほど歩く。
ボーッと歩く。
たまに止まる。
また歩く。
本当にそれだけです。
別に運動を頑張ろうと思ったわけではありません。
とりあえず家から出よう。
最初はそんな感じでした。
同じ景色なのに、見え方が違った

何日か歩いているうちに、少し変なことを始めました。
いつも歩いている道で、しゃがんでみる。
低いところから周りを見てみる。
今度は上を向く。
横を向く。
首を振ってみる。
時には軽く跳ねて、少し高い位置から見てみる。
すると、同じ道なのに見え方が違うんです。
今まで気づかなかったものが見える。
いつも見ていた景色が、少し違って見える。
何でもないことなんですけどね。
当時の自分には、それが妙に面白かった。
「同じ場所でも、見る角度を変えれば違って見えるんだな」
そんなことを考えていました。
自分の物差しでしか、測っていなかった
そこで、少しずつ自分のことも考えるようになりました。
自分は営業ができなかった。
3か月で仕事を辞めた。
貯金もない。
親にも頼っている。
だから、自分はダメな人間だ。
ずっとそう思っていました。
でも、本当にそれだけなのか。
カー用品店では3年間働けた。
人と一緒に働くことは楽しかった。
販売の仕事を覚えるのも好きだった。
営業ではうまくいかなかったけれど、全部がダメだったわけではない。
そう考えると、少し見え方が違ってきました。
それまでは、自分の物差しだけで物事を測っていたんだと思います。
仕事ができるか。
人から認められるか。
お金を稼げるか。
その物差しで自分を測って、全部ダメだと思い込んでいました。
でも、違う物差しだってあるんじゃないか。
それから、相手の立場で考えることも、自分には足りなかったと思います。
営業の時、自分には商品知識がありました。
だから説明すれば売れると思っていました。
でも相手からすれば、突然やって来て商品を勧める若い営業マンです。
信用できる相手なのかも分からない。
自分から見た自分と、相手から見た自分は違う。
当時は、そんなことも考えられませんでした。
自分は自分の考えにこだわりすぎていたんでしょうね。
散歩をしているうちに、急にすべてが理解できたわけではありません。
でも、凝り固まっていた考え方を、少しだけ変えてみようと思えるようになりました。
今振り返ると、この頃に自分の中へ別の物差しが一つ増えたような気がします。
雇用保険の給付を受けながら、職業訓練校へ
少しずつ気持ちが変わってきました。
でも、すぐに再就職するのは怖かったです。
また焦って仕事を決めて、同じことを繰り返したくなかった。
そこで、ハローワークで募集していた職業訓練に応募しました。
9月から12月にかけて、職業訓練校に通いました。
雇用保険の給付を受けながら勉強できる制度を利用しました。
収入がなく、貯金もほとんどなかった自分には、本当にありがたかったです。
もちろん、親にも助けてもらっていました。
選んだのは、販売士3級、簿記3級、ビジネス実務法務を学べるコースでした。
特に販売士には興味がありました。
カー用品店で働いていた頃から、ずっと気になっていた資格だったんです。
営業では失敗した。
でも販売の仕事まで嫌いになったわけじゃない。
もう一回、勉強してみよう。
そう思いました。
職業訓練校で、また人と話すようになった
職業訓練校には、いろいろな人が来ていました。
仕事を辞めた人。
違う仕事を探している人。
思うようにいかなかった人。
それぞれ事情がありました。
自分だけが失敗していると思っていましたが、そうではありませんでした。
みんな何かしら抱えながら、次の仕事を探していたんです。
一緒に勉強する。
分からないことを聞く。
休憩中に話をする。
営業をしていた頃は、誰にも自分の声が届かないような気がしていました。
でも、ここではまた人と話せるようになりました。
自分にとっては、それが大きかったと思います。
少しずつ、
「もう一回働いてみようかな」
と思えるようになっていきました。
翌年1月、もう一度働き始めた
職業訓練を終えて、翌年の1月から働き始めました。
次の仕事はドラッグストアでした。
従業員数の多い大きな会社です。
ハローワークでも、これほど規模の大きな会社への就職は珍しいと言われたのを覚えています。
営業を約3か月で辞めた自分が、今度はその会社で約10年間働くことになります。
そのきっかけになったのが、カー用品店の頃から興味を持っていた販売士でした。
仕事を辞めた時は、もう自分には何もできないと思っていたのに。
その後10年続く仕事に出会うことになります。
今でも、あの頃の散歩を思い出す
23歳か24歳だったあの頃。
本当にきつかったです。
もう一度同じ経験をしたいとは思いません。
自信はなくなる。
仕事もなくなる。
お金もなくなる。
頼れる人もいない。
何をすればいいのか分からない。
全部が重なった時期でした。
でも、40代になった今でも、あの頃の散歩を思い出すことがあります。
しゃがんでみる。
上を向いてみる。
横を向いてみる。
同じ景色でも、見る角度を変えれば違って見える。
仕事でも、人間関係でも、今でも自分の考えに固執してしまうことがあります。
そんな時は、少し違う角度から考えてみる。
自分が正しいと思っていることも、相手には違って見えているのかもしれない。
今の自分にはできないことでも、別の場所ならできるのかもしれない。
自分の物差しだけで、全部を決めなくてもいい。
あの頃の自分には、そんな考え方はありませんでした。
「俺は無敵だ」と思っていた自分が、何もできなくなった。
でも、その時に初めて、自分の知らない世界や考え方があることに気づきました。
あの時の散歩がすべてを解決してくれたわけではありません。
ただ、毎日歩いて、少しだけ見方を変えてみた。
それが、自分には必要だったんだと思います。
次は、3か月で仕事を辞めた自分が、なぜ次のドラッグストアでは10年間も働けたのか。
その頃の話を書いてみようと思います。
